母は枯葉剤を浴びた──ダイオキシンの傷あと

母は枯葉剤を浴びた
(著者)中村悟郎   新潮文庫


今年(2008年)の10月18日、カネミ油症の患者で救済運動に尽力された矢野トヨコさんが、86歳の生涯を閉じられた。
1968年、福岡県のカネミ倉庫株式会社で製造された食用油を摂取したことにより、多くの人に障害が発生した。
世にいう「カネミ油症事件」は、世界初のダイオキシン類の経口摂取が原因だという。
病魔と闘いながらの運動の壮絶さは、私などには到底想像が及ばない。


1988年に、下半身がつながった結合双生児の分離手術が行われた。
ベトちゃんドクちゃんのニュースは、大きなショックだった。
何か人間の動物的な部分を見せられたようで、ずっと澱のように記憶に残っている。
そのベトちゃんは、2007年10月6日に26歳で亡くなった。
重い脳障害に加え、腎不全と肺炎の併発が死因だという。
ベトナム戦争で、ダイオキシンが含まれる枯葉剤が大量に撒かれていた。


「母は枯葉剤を浴びた──ダイオキシンの傷あと」
著者の中村悟郎さんの、写真と現地取材による生々しいレポート。
ホルマリンの容器の中で標本となっている奇形の嬰児・・・。
障害を持って生まれた子供とその母親の悲しい眼指し・・・。
娯楽映画では語られない、真の戦争がそこにある。
文庫初版は、昭和58(1983)年。
随分と時間が経ったようだが、ダイオキシンの傷痕からは、まだまだ苦しみの血が流れているのだろう。


永い時間の流れには、戦争や災害などの多くの傷跡と、癒えない心の傷が残されている。
日々の生活に追われる身には、癒えない傷で苦しむ人たちを忘れないことぐらいしか出来ないのだが・・・。
いつまでも平和の風の中に居たいと願うが、世界同時不況で前にも増して不穏な空気が漂っている。
獲物を狙って潜む戦争の犬たちの、クンクンと鳴らす鼻の音が聞こえてきそうだ。
建設が進む宇宙ステーションからは、青い地球が今日も美しく見えているんだろうなぁ〜・・・。


マヌケシウムを求めて、旅は続く・・・・・。


テーマ:雑記 - ジャンル:日記

  1. 2008/12/28(日) 08:43:54|
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